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福島地方裁判所 昭和38年(レ)24号 判決 1964年7月02日

控訴人 古川宗太郎

被控訴人 本多朝忠

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

一、被控訴人は銅像製作を専門とする彫刻家であるが、昭和三六年四月二九日控訴人との間に、同人の娘である故美代子の半身銅像を、製作代金三五万円、引渡期日は同年九月二〇日、代金は引渡と同時にすることの約束で製作する旨の契約をした。

而して、同年一一月末頃、右銅像は一旦完成したが、控訴人が、美代子に似ていないから顔の部分を作り直して欲しいというので、その手数料として更に代金二万円を増額する約束で、同人の指示通り被控訴人はこれを改鋳した。

二、同年一二月二二日被控訴人は完成した銅像を控訴人に対し引渡し、同人は平市堤の内・照岸寺境内にこれを安置し、同月二六日には除幕式を挙行した。

三、然るに控訴人は、前記の約定製作代金三五万円及び代金増額分金二万円の合計金三七万円のうち、昭和三六年四月二九日から同年一一月一五日迄に四回に亘り、計二七万五千円を支払つたのみで、残代金九万五千円の支払をしない。

四、よつ右九万五千円及びこれに対する銅像を引渡した昭和三六年一二月二二日の翌日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、控訴人の抗弁事実を否認し、本件銅像は美代子に似ているものであると述べ、再抗弁として、

五、仮に銅像が美代子に似ていないとしても、本件銅像製作に当つては、控訴人の持参した手札型の写真一枚のみを参考にして製作したものであるが、油土による原型の段階及び石膏による原型の段階に於て、数回に亘り控訴人の指示に従つて、その言うとおりに原型を修正し作り直したものであるから、似ていないのは同人の誤つた指図の結果であつて、被控訴人には何の責任もない。

六、仮にそうでないとしても、控訴人は本件銅像の引渡を受けた際何等異議を止めることなく受領し、昭和三六年一二月二六日には除幕式を行ない、爾来これを礼拝供養しているのであるから、右銅像を以て、その程度で注文品として充分完成したものであることを承認したものとみるべきである。従つて、今日に至つて代金支払を拒むことは、信義則に反する。

と述べた。

控訴人は、請求原因事実をすべて認め、抗弁として、

一、被控訴人の製作した本件銅像は、故美代子本人には勿論のこと、銅像製作のための資料として被控訴人に提供した美代子の写真とも似ていない。

控訴人は被控訴人に対し、娘に似た銅像を作るよう依頼したのであるから、似ない銅像を製作しても、それによつて仕事を完成したことにはならない。

従つて、似ている完全な銅像を作り替えて控訴人に引渡す迄は残代金の支払には応じ難い。

と述べ、被控訴人の再抗弁事実に対し、

被控訴人が本件銅像を製作中に、美代子と似ていない旨を指摘した事実はあるが、具体的な指図をした事実は否認する。又本件銅像の引渡を受けた際、既に除幕式の手筈が整つていて、親戚知人に挙式の通知を発したのちであつたから、急には作り直しが間に合わないと判断し、瑕疵修補請求権を留保しつゝ、一応引取つたにすぎない。故に本件銅像が注文品に適合していることを承諾したものではなく、瑕疵を主張して代金の支払を拒んでも何ら信義則に反しない。

と述べた。

証拠関係<省略>

理由

控訴人と被控訴人との間に、昭和三六年四月二九日、控訴人の娘である故美代子の半身銅像につき、代金三五万円、この支払期は銅像引渡のときと定めて銅像製作契約が成立したこと、銅像が一旦完成した後、顔が似ていないとの理由で両名間に、代金を更に二万円増額し、銅像の修正をすることの合意が成立したこと、被控訴人において右修正を完了し、同年一二月二二日銅像を控訴人に対し引き渡したこと、右引渡当時前記約定代金合計三七万円のうち金二七万五千円は支払済であつたが、残金九万五千円が未払のまゝであつたことは、いずれも当事者間に争がない。

而して控訴人は、被控訴人の右九万五千円の残金支払請求に対し、本件銅像は本人である故美代子に似ていないから、同人の銅像を作成するという仕事は未だ未完成であつて代金支払義務はないと主張するので、まずこの点について判断する。本件銅像製作契約は、物の製作を目的とする請負契約と解すべきところ、かゝる契約において、請負人が右目的物製作のため、その全工程を完了したときには、契約の目的である仕事は完成したものというべきである。本件においてみるに、目的物たる銅像は、それが本人に似ているかどうかは別として、すくなくとも銅像としては完成していることが当事者間で争がないから、控訴人の代金(報酬)支払義務は発生したものといわざるをえない。

かゝる場合、物の引渡を受けていないことを理由とするか、或は瑕疵担保責任を追求することにより報酬の支払を拒むのなら格別、仕事の未完成を理由にその支払を拒むことは許されないから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

次に控訴人は、引渡を受けた銅像は、生前の故美代子自身には勿論、銅像製作の資料に供した同女の写真とも似ていない瑕疵があるから、似たものに作りかえるまで代金(報酬)の支払を拒む旨主張するので、この点について判断する。なるほど、原審証人鈴木虎二、同鈴木イネ、同菅野一元、当審証人古川浩平の各証言によれば、生前の美代子を知つていた者達が、本件銅像を一見して、生前の同女と余り似ていないとの感じを受けたことは認められる。しかし、そうであるからといつて本件銅像に民法六三四条以下の所謂瑕疵があると解することは、当然には許されない。

けだし、同条の瑕疵とは、目的物が契約に定められた性質を完全に具有しないことをいうものであるから、銅像が本人と似ていない場合、即ち相似性を欠く場合も含まれることは勿論であるが、元来、銅像製作という仕事は、極めて高度の技術を要する困難な仕事であるのみならず、被控訴人は生前の美代子に接したことはなく、正面から撮影した同女の写真一枚のみを資料に、父親である控訴人の助言を求めつゝ本件銅像を製作したものであることは当事者間に争がないところ、この程度の資料から注文者が充分に満足するような本人に生き写しの銅像の制作を期待することは、一般的にいつて無理であり、かゝる場合、注文主として期待可能な相似性の程度は、自ら一定の限界があるといわなければならないからである。

当裁判所は、故美代子の生前の写真と本件銅像の写真とを対比し、更に本件全証拠を比較検討した結果、本件銅像が本人の故美代子に幾分似ていない点があるといゝえても、本件の如き程度では、未だ注文主の受忍すべき程度を超えていないものと認めるものである。即ち本件銅像には第六三四条以下に所謂目的物の瑕疵に該当する程度の不完全性即ち非相似性があるとはいゝえない。従つて目的物の瑕疵を前提とし、その修補請求権の行使に基く控訴人の同時履行の抗弁は採用できない。

以上のとおり、控訴人の抗弁はすべて理由がないから、同人は被控訴人に対し本件残金九万五千円及びこれに対するその約定支払期日(銅像引渡の日)の翌日である昭和三六年一二月二三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を免れない。

従つて、理由は異なるが、これと同一結論に出かつ、これに対し仮執行の宣言を附した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴は棄却することゝし民事訴訟法第三八四条第二項同第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 橋本享典 神作良二)

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